2024年7月23日(火)埼玉医科大学総合医療センターにて、本づくりの移動アトリエ「記憶のアトリエ」をひらきました。
声をかけてくださったのは、これまでもフェリス女学院大学での講義や「ホスピタルアート in ギャラリーⅣ」の展示やトークセッションなどで度々ご一緒し、人が人と関わることについてともに見つめ、考え、語りあう時間を重ねてきた緩和ケア医の儀賀理暁さん。
同じ日の夜に埼玉医科大学総合医療センターにて開催された「第8回地域緩和ケア講演会」でがん経験者として体験をお話する機会をいただいたのですが、せっかく川越までお伺いするので、講演会の前の時間を使って緩和医療科のスタッフのみなさんがアトリエの雰囲気を感じられるような時間をと、院内でのささやかなアトリエのご依頼もいただきました。
「記憶のアトリエ」は、2018年からわたしが各地の病院や地域で医療者や福祉の専門職のみなさんと一緒にひらいている、本づくりの移動アトリエです。
病院に隣接した空間でがん患者さんやご家族、ご友人、病院の職員さんやそのご家族と一緒にひらくこともあれば、大学の先生からのご依頼で看護や福祉、心理を専攻する大学生のみなさんの講義の1コマとしてひらくこともあったり、支援に携わるNPOのスタッフさんのセルフケアのための時間としてひらくこともあったり、開催場所やご依頼くださった方の想いにあわせてさまざまなかたちで開催してきました。
儀賀さんも、以前東京家政大学でひらいたミニアトリエで設営から撤収までのアトリエの様子を見学・サポートしてくださったことがあり、今回は儀賀さんの“ホーム”でもある場所で、緩和ケアに携わる“チーム”のみなさんが「自分のこと」をみつめたり大切にするひとときが持てたらということでご依頼をくださり、講演会の前に機会をつくってくださいました。
平日の開催ということも考えて、少しの時間でも覗きやすいように、また、滞在できなくてもお土産として手製本や素材を持ち帰ってそれぞれの時間に楽しんでただきやすいように。何よりも夜の講演会の内容とも響きあうような時間にできたらと、ご案内文や設えを考え、手製本を1冊ずつ綴じ、素材や道具を詰め込んだトランクを転がし病院へ伺いました。
今回主にご参加くださるのは緩和医療科のチームのみなさん。今回儀賀さんからご依頼をいただいてから、まずは「緩和ケア」というものをあらためて見つめるところからはじめました。
そもそも、わたしはがんの治療中に緩和ケアの助けを得ることができなかったので、患者体験として語れるものがなく、がん罹患からしばらくの間は「緩和ケア」がどんなものなのかは随分ぼんやりとしていました。
そんなわたしが「緩和ケア」に「出会った」のは治療後のことでした。さまざまな研修会でがんの体験談をお話する機会をいただくなかで、いつまでも抱えて苦しんでいた時が経っても癒えてゆかないわたしの「いえないいたみ(言えない・癒えない)」に耳を傾け、ともに見つめてくださる方々は不思議と緩和ケアに携わる医療者の方が多かったというのが、最初の「緩和ケア」との「出会い」だったように思います。
次第に緩和ケアに関わるみなさんが集う研修会でもがん体験談のご依頼をいただくようになり、そこで出会ったみなさんとの対話の中で「緩和ケア」というまなざしやケアのあり方を少しずつ体感してゆく機会に恵まれ、わたし自身も「いえて(言えて・癒えて)」ゆく助けをたくさんいただきました。
その「出会い」の一人でもある儀賀さんの“ホーム”埼玉医科大学総合医療センターのHPの緩和医療科の「ご挨拶」には、こんなメッセージが綴られています。
読むだけでも、いたみを抱えた「このわたし」を肯定してもらえたようなほっとした気持ちになる、ほかでもない一人ひとりの「あなた」へ向けたメッセージ。
「私たちはここにいます。」と綴られたその場所で、アトリエの時間をご一緒できるのだなと。アトリエにお越しくださるみなさんの想いや日々を想像しながら、このご挨拶文をあらためて読みなおしてから川越へ向かいました。
あなたは誰かに「助けて」と言えますか?
緩和ケアは、病の種類や進み具合にかかわらず、ご本人とご家族の病や治療によるさまざまな苦悩を和らげ、治癒の過程をあるいはいのちの限界を丁寧に支えます。痛み、息切れ、吐き気、しびれ、むくみ、不眠、不安、抑うつ、混乱などの症状を和らげることは大切な手段ですが、目的ではありません。様々な理由によって自分が自分でなくなってゆくことの恐怖にさいなまれているあなたが、それでもなお自信をもって歩めるようになることが目的であり、緩和ケアチームはそのために手と心を尽くします。私たちは、腸でも肺でも腎臓や肝臓や子宮や乳腺でもなく、「あなた」の専門家です。管理栄養士、臨床心理士、社会福祉士、理学・作業療法士、言語聴覚士、看護師、薬剤師、医師といった様々な職種の人間が、それぞれの専門性を生かしながらもそれにとらわれることなく、あなたと一緒に悩み考え歩むことを心がけています。
助けを求めることも勇気がいるでしょう。ためらう気持ちもあるでしょう。しかし、各科の先生方とともに頑張っておられる病気への治療やケアと同じように、ご自身やご家族の「安心」もぜひ大切にして頂きたいと思います。
私たちはここにいます。
(埼玉医科大学総合医療センターHP 緩和医療科の「ご挨拶」より)
今回のアトリエでは、開催の前日に終日新幹線が不通となるという不測の事態が起こり、急遽飛行機をとりなおしたことでアトリエの荷物を飛行機用に詰め替えたり、スケジュールを見直したり、無事にお約束通りたどり着けるだろうかと久しぶりに心にさざ波が立つ出発となりました。
幸い大きなトラブルもなく快晴のお天気に恵まれ、大荷物と動揺を抱えて降り立った初めての羽田空港でしたが、儀賀さんが到着口まで迎えにきてくださり、大荷物も動揺も一緒に持ってくださり、少しずつ気持ちを落ち着けながら車で埼玉県川越市へ向かうことができました。
道中、儀賀さんが埼玉医科大学総合医療センターに来るまでの日々のことや、来られてからの日々のこと。川越のまちのこと、川越のまちで緩和ケアに携わるみなさんのことなどを少しずつ伺いながら、川越のみなさんの日常へと気持ちを寄せてゆきました。
途中で儀賀さんの元で緩和ケアを学んでいらっしゃる大学院生の吉田輝々さんとも合流し、病院の敷地内へ。
がんの罹患から何年経っても病院、特に治療を受けていたような大きな病院の門をくぐると、心の奥の深いところがきゅっと掴まれるような感覚になります。
この空間には、かつてのわたしのようにさまざまなつらさを抱えて切実な今日を生きる人たちがたくさんいる。仕事で病院の空間に入る前は、いつもそうして気持ちをリセットして入ります。すれ違う患者さんや関係者のみなさんに小さく会釈をしながら、まずはアトリエの会場となるお部屋へ移動しました。
今回のアトリエは、病院の敷地内の一角にある白いお部屋で開催しました。大きな窓をすっぽり覆っていた重たいブラインドをあげると、ドクターヘリのヘリポートがみえ、その向こうには一面田んぼが広がっていました。
せっかくなのでブラインドはあげたままで外の日のひかりや時間の移ろいを感じられるようにして、儀賀さんと輝々さんにも助けていただきながら教室形式できっちと並んでいた机の列を全部崩して、アトリエにちょうどよい余白とリズムが確保できるレイアウトに。
窓際の一角をアトリエの素材や道具を並べる島にして、残された空間には角度やリズムをつけながら、本を読んだり作業をしたりお話ができそうな本づくりの島を3つほどつくりました。
初めての会場で即興での場づくり。「こうかな?」「なんか違うかな」と何度もやりかえてお二人にご負担をかけてしまいましたが、迷っているわたしの心に静かに耳を澄ませて一緒にかたちにしてくださったことで、一面に机がぴっちり並んでいた最初の状態よりもうんと風通しのよい空間を設えることができました。
窓際に道具や素材を並べはじめると、お忙しい合間に覗いてくださるスタッフのみなさんが一人、また一人。
少しお待たせしてしまったこともありましたが、並べている本づくりの道具や、これまで寄付でいただいたシールや紙小物などの素材をご紹介したり、展示していた手製本に宿っているご依頼主の患者さんやご家族さんの想いやエピソードをお伝えしたり。
少しだけ本づくりの体験をしてくださった方の創作を一緒に覗かせていただいたり、手製本に綴られた記憶を読んでくださっている真剣なまなざしの奥にあるものを想像したり、ご家族やご友人に贈りたいと、大切な誰かを思い浮かべながら手製本を選んでくださったり。
覗いてくださったお一人おひとりと言葉を交わしたり、交わさなかったりしているうちに、あっという間に時間が過ぎ講演会の準備の時間になっていました。
当日アトリエで交わしたものや綴られていたことの詳細はここには綴りませんが、当日のアトリエの空気のおすそわけとして、許可をいただき少しだけ撮影した手製本の1ページの写真を共有させていただきます。
今回のアトリエでは、うれしい「再会」がふたつありました。
ひとつは、以前大学の先生からご依頼をいただき大学でひらいたミニアトリエに、学生さんの立場で参加してくださっていた方との再会。卒業後に専門職として病院に就職され、今回お仕事の合間にアトリエを覗きにきてくださいました。
やさしいまなざしと声とともに、当時のアトリエで感じたことや本に綴られていたことを丁寧に伝えてくださり、それぞれの日々を重ねた先にこうしてまたお会いできたこと。こんなにうれしい再会はないなと感慨深い気持ちになりました。
もう一つは、別の大学でわたしがアトリエの活動も含めてお話した講義を受講してくださった学生さんとの再会。忙しい学生生活の合間にはるばる川越までお越しくださり、アトリエの空気を感じながらご自身の大切な記憶を綴り、いくつかの手製本も大切に持ち帰ってくださいました。
学生生活の貴重なひとときをこうして一緒に過ごしてくださったこと、大学の講義やアトリエの時間で感じた今の気持ちを伝えてくださったこと、手渡してくださったまっすぐな言葉の一つひとつが心に届き、かけがえのない時間でした。
それぞれの人生のひととき、こうして再会できたことがとてもありがたく、感謝の気持ちでいっぱいです。この場を借りて、お礼の気持ちも綴りのこしておきたいと思います。
アトリエの時間は本当にあっという間で、ぎりぎりまでアトリエをひらいて、みなさんにたくさん助けていただきながら撤収作業をして夜の講演会へ。
バラバラに崩してしまったお部屋の机を時間内にもとに戻して綺麗にするところまでできたのは、スタッフのみなさんのサポートがあってこそでした。随分甘えてしまいましたが、助けてくださり本当にありがとうございました。
その後の夜の講演会の時間も含めて、2024年夏の半日ほどみなさんと時間を過ごせたこと。毎回のことながら有難いことだなと思いますし、お声がけくださった儀賀さんや参加してくださった緩和医療科のみなさんにとって、どんな時間になっただろう?とお一人おひとりの様子を思い浮かべながらトランクを整理し、写真をみつめなおし、このレポートを綴っています。
この日持ち帰った種はご一緒したみなさんのそれぞれの手の中で育ってゆくものかと思いますが、いつかまたどこかで再会し、育んだものを分かちあえたらうれしいなと思います。
毎回毎回、感謝の言葉は綴り足りませんが、今回川越でのアトリエの時間をともにしてくださったみなさん、本当にありがとうございました。
またどこかで、お会いできたらうれしいです。
※アトリエの後には、「第8回地域緩和ケア講演会」にて、がん経験者として体験をお話する機会をいただきました。講演会の様子はこちらからご覧ください。